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スプライトとアサヒビール [日記:仏蘭西地獄ツアー]

6日目、フリー2日目にしてツアー最終日。
朝、テレビでダニートレホが出ているタコスシェルのCMを見ながら、この日はシャンゼリゼ通りでもぶらぶらしようと予定なしで出発。

まずは地下鉄を使って凱旋門の開店時間(?)に間に合うよう行き、すでに何人かいた行列に並ぶ。
仏ではスリに気を付けるよう何度も読んだり聞かされたりしていたものの、幸いにして旅行中1度も見かけませんでしたが、代わりに(?)ここで署名詐欺に遭遇しました。「アーユースピークイングリッシュ?」と話しかけながら署名を募り、書いてしまうと募金を強要する集団で、あらかじめ知っていただけに完全無視することで対処。そんな人たちがいることよりも、そんな少し調べれば誰でもわかるようなテンプレート通りに詐欺を働く集団に対し、警察が何もしないことの方が気になります。リュックベンソンが繰り返し仏警察の無能ぶりを映画で描くのはこのためかー。仏のことを知りたければベンソン映画を見るべきですのー。「アメリ」じゃ駄目なんですよ(見たことないけど)。

ここで先頭の集団が2組ほど、子供用無料チケットを取りに行ったため、我々が最初に凱旋門内へ入ることに。
それから50m上空の凱旋門屋上まで螺旋階段をぐるぐる登ることになるのですが、元々体力がないので2人とも途中から腿が上がらなくなるほど疲れに疲れ、後から来た日本語で大声出して騒いで登ってきていた男性2人組に(「どうぞ」と言っても無言で)追い越されたりして、結局5・6番目くらいで屋上到着。
屋上では、あれが東京タワー、あれがスカイツリーと馬鹿を言いながら周りを見てから降り、土産物屋で丸いポストカードやら凱旋門の置物やらを購入。そして今回の我々の旅の記念品はこれだけとなります。
膝をがくがくさせながら螺旋階段を使って地上へと降り、それからしばらくお洒落にシャンゼリゼ通りを歩きながら何故か凱旋門で見つけられなかったトイレを探しまわることに。

やはりなかなか見つからず、しばらく歩いていたらようやくトイレマークを見つけ、有料だろうけれど仕方があるまいと飛び込むと、なななんと2ユーロ(270円)。しかも1人2ユーロの結局4ユーロ(540円)。トイレメーカーが出しているトイレらしく確かに綺麗でしたが、流石にパリ市内でも高いらしく、我々が帰るとき「1ユーロじゃ駄目なのか」ともめている人がいました。

またぶらぶらと歩いていましたが、50m上空はまだ風があったものの、地上はそよ風もなく、直射日光がこの日もサングラスを通しても視界が白くなるほど強く、2人でふらふらしながら歩き、一応、(安い)ブランドショップを巡ったり、私は映画館で「アントマン」をやっているなー、1人で来ていたら確実に見に行ってるなー、そして仏語吹替え字幕なしで後悔するんだろうなーと思ったりしながらダラダラと歩き続け、オランジュリー美術館に到着。

オランジュリー美術館は、ルーブル・オルセーと並んで3大美術館と紹介しているところもありますが(※国立近代美術館の方が多いかも)、どちらかというとここを抜いて2大美術館とされることが多く、実際に行ったらなるほどとそれも納得させられるほど、他の2つに比べれば小さな建物でした。
でも、ここには2部屋を丸々使ったモネの「睡蓮」が飾られているのが売りで、我々もそれを目当てに行ったので問題なし。前々日、ジヴェルニーに寄っていてよかったです。「睡蓮」は本当に良い絵でございました。試しにその前に主人を立たせて写真を取ったら、抽象画に近い絵なのに、本物の池の前で撮ったような異様な写真に。
別棟の他の絵も見て回りましたが、やはり小さい建物なので全て見ても1時間ぐらいで観覧終了。

それから移動遊園地のような催し物を横切りつつ、オペラ座通りの方へ戻りまして、そこで添乗員に何度も言われていたモンパリへ。
そして、ここで確かに土産に使えないことはないけれど、観光地土産のようなものは何も売っていないことに気付いて愕然とするわけです。
そして主人が何故かここで職場等に配る用のお菓子等を大量に購入してしまい、おかげでそれから大荷物で歩き回ることになって、飲食店にも寄れなくなってしまい、そうこうしているうちに私はモンパリでのショックからか具合が悪くなってきたため、帰国後、一週間ほど鬱々と反省することになりますが、ここで全てを諦めてホテルへ戻ることに。

集合時間の2時間近く前に戻ったけれど、すぐにもう1組も戻ってきていて、他もちらほらと戻ってくる感じ、私はエアコンと冷たい(ぬるいけど)飲み物でようやく人心地つき(熱中症だったのかのー)、私が荷物の番をしているから昼も食べてないしし1人で何処かへ行って来たら?と主人に勧めましたが何故か行かず、2人でぼえーっと座っているうちに集合時間。

あとはバスでシャルルドゴール空港へ行き、また簡単な税関を抜けたら2時間フリータイム。空港の売店は小さいもので特に欲しいものはありませんでしたが(ANAが使うターミナル1は狭いのだとか)、私の方も職場用の小さな土産を1・2個購入して、またぼえーっとして、それから再びフライト12時間。機内上映を5本消化。

機内で仏人のスチュワーデス(キャビン~ですか)に、お約束の「飲み物は何になさいますか?」と聞かれ、なんとなくまだ具合がよろしくなく、糖分を摂りたかったのでスプライトと答えると、出された飲み物はアサヒビール。いやスプライトですーと言うと、「スプライトじゃなかったですか?」 これはビールです。私が頼んだのはスプライトです。「これがスプライトです」 違います。(メニューを見せて指差し)スプライトはこれです。「そちらと2つですね」 違います。ビールはいりません。「初めのスプライトはどうしますか」 だからこれはビールです。「それもスプライトです」 これはスプライトではないでしょう。「すみませんでした、ではこちらのスプライトをお出しますが、先のスプライトはどうしますか」。
もうね、機内で撲殺ものですよ。

私の発音だとスプライトがピエール(ビール)とかなんとかに聞こえるんだろうかと悩みましたが、そういえばフランスでビールを頼むと銘柄を訊かれるのに、このときはすぐさまアサヒビールを出されたことに思い至り、(結局置いて行かれた)アサヒビールの缶を眺めていて答えがわかりました。
「スプライト」をカタカナでアナグラム的に組み替えると「スプトライ」。それを訛らせていくと、スプトライ → スープ―トライ → スーパートライ → スーパードライ。それでスプライトを頼んだらアサヒスーパードライが出てきたんですねー。
・・・大丈夫か? ANA?

そんなこんなでまた時空の狭間を抜けて、金曜の16時に羽田到着、荷物受取場所でなんとなくツアーが解散。
そのまま羽田で20時まで死んだように座り続け、今度は地元行きの便に乗り、到着後1時間かけて車を運転。家に着いたと同時にパタンキューと行きたかったですが、荷物の整理やらカードの確認やら洗濯物を寄せたりしていたら深夜過ぎで、ようやく眠りに落ちてツアー終了でございました。

たかがビールされどビール―アサヒスーパードライ、18年目の真実 (B&Tブックス)

たかがビールされどビール―アサヒスーパードライ、18年目の真実 (B&Tブックス)

  • 作者: 松井 康雄
  • 出版社/メーカー: 日刊工業新聞社
  • 発売日: 2005/09
  • メディア: 単行本


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タクシーとチップ [日記:仏蘭西地獄ツアー]

5日目夜。
一応、カジュアルフォーマルのドレスコードは満たしているような服・靴・バック等に着替えて、ホテルから出発。
するとホテルの従業員から初めて「こんばんは」と挨拶されました。普段デニムにスニーカとかで歩いていると見て見ぬふりをされていたので、結局、この旅行中に人種差別的なものは1度も感じませんでしたが、服装差別(身分差別?)的なものはあるんだのーと、このときハッキリと感じました。
それはそれとして地下鉄は混んでいるしー、疲れたしーと、このときはタクシーで移動。

なかなか強面の、我々なんか小指一本で叩きのめせそうな外見の運転手で、あらかじめ書いておいた住所と店名の紙を渡して、「ここへお願いします」と言ったら、無言でカーナビを操作し、「(店名)でいいんだな?」、はい、「(店名)なんだな?」、はい、その(店名)です、サー!と答えることでやっと出発。
無愛想でもドライビングテクニックは素晴らしく、リュックベンソンがタクシーの運ちゃん映画を作るのも頷けるほどで、急発進・急ブレーキ・割り込みにクラクションを駆使して走られ、「ごめんなさい、もうそんなに急いでいません、許してください」と仏語でなんというのか、会話帳を捲って探しているうちに、遅れを巻き返してくれて無理だと思っていた予定時間通りに到着。
前日、「このホテルからだとタクシーでは50ユーロはかかる」と添乗員に脅されていたのに、結局20ユーロ弱で着き(あの添乗員は・・・)、あらかじめ練習していた仏語「お釣りはとっておいてください」と20ユーロ札を渡したら、いきなり強面が振り返ってニッコリ笑い、仏語だったので何言ってくださってんのかは全く分からなかったけれどニコニコと早口で何か話され(聞き取れた単語は最初の「ジュ(=私)」のみ)、えー・・・とした顔をしていると、ここだけ英語で「イッツジョーク」ぶふぉっふぉっふぉっげぶぉげほっと運ちゃん咽るほど大ウケでしたが、何せ何を言われたんだか分かんないので、日本人の悪しき習慣らしいあいまいな笑顔でお礼を言いながら降車。

そして事前に予約していた、今回の旅行で唯一ドレスコード指定のキャバレー「クレイジーホース」へ入る。予約前、「ムーランルージュ」「リド」の3つのうちどれにするか悩みましたが、やはり全裸好きとしては抑えておいた方がいいだろうとここに。
中に入るとすぐ「フランス語はできる?」と聞かれ、ノンムシューと仏語で答えると、「国は?」と英語。ジャポンと言うと、今度は日本語で「東京?大阪?京都?」。んー、田舎だしのーと思っていると、「どれ?」。ああ、絶対に答えなければならない質問なんだーと、面倒臭くて適当に東京と答えておきました。羽田から来たからウソではないだろう。
予約表を見せるとすぐ確認してくれ、「これを下のボスに」とチケットを渡されて下へ。ボスだかなんだか分からないけれど、その場にいた黒服にチケットを渡したら席へと案内され、我々の席は前から2番目の中央部と(映画でも前列で見る我々には)なかなか良い席で、その4人掛けの席には先に日本人夫婦が座っていました。
ここで飲み物のメニューを渡され、あまりアルコールは飲まないし高いけれど、まあ終わるまで2時間近くあるしのーと、1番上に載っていた1番安い「カップルシャンパーニ」と書かれているグラスシャンパンを注文(20ユーロ、2700円。・・・ちと高い)。「グラスは2つ?」と英語で訊かれ、カップルなんとかなんだから当たり前じゃんと思いながら肯定すると、なんたらかんたらどうたらこうたらと英語で長文質問。ちょっと聞き取れなかったので聞き返したら、あー、米国にいるときもよく経験しましたが、聞き返すと同じ長文台詞を早口で、2度聞き返すとやはり同じ長文をさらに早口で繰り返す、英会話不得手の我々には困る性格の人で、なんとか単語からハーフボトル(50ユーロ、6750円)ならグラスで4・5杯は飲めると言ってることは分かったけれど何せ値段が違うので、何を言っているんだこいつはとばかりに、初めの注文を再度繰り返して納得していただく。その後も現金払いかカード払いをやたらに長い長文で訊かれてまごついたりもしましたが(こっちの英語力がないだけですが、「キャッシュオアカード?」だけでいいじゃん)、なんとか注文完了。そしてお値段はカップルシャンパーニ、グラス2杯で40ユーロ(5400円)でした。カップルはフランス語で1組のはずなのにそうきたかー。そりゃー、10ユーロ高くなるだけのボトルを進めてくるわけです。でも、あまり飲まないので問題なし。10ユーロ得したと思うことにしよう。(ちなみにクレイジーホース、数多くの体験談を読んだら客を見て値段を上下させることもあるようで、今回は仏語どころか英語も通じない猿だったから高くされた可能性もあり)

19時45分開場だったものの、20時から残り30分のカウントダウンが始まり、結局ショーの開始は20時半。20時半ギリギリまで入場する人もいたので、もう45分ほど遅刻してもノー問題だったのー。
それはそれとして我々の前列、VIP席らしいところには座った団子髪の女性、こやつが延々とアイフォンで自撮りをしてそれをアップしてラインに漢文を書き込み続ける意識高い系女子で、隣の椅子の背もたれの上に肘を乗せて頬杖をついて見る珍妙な姿を、途中パントマイムの人にからかわれても続ける、なかなかの鬱陶しさでございました。
それよりも鬱陶しいのがギリギリで入場してきたドレスコードのある店にポロシャツと短パンで入ってきた男性軍団で、店側もドレスコードがあるんだから追い返せばいいのに、こいつらが我々の後ろにズラリと座り、途中から音楽に合わせて足を踏み鳴らし、でも音感がないのか足踏みと音楽が全く合っておらず、そのうち前の席の我々の椅子を蹴りつけてきて、主人が振り向いて睨みつけても続けるので、仕方なく主人にはバレないように腰を浮かせて座っている椅子を持ち上げて後ろの脚にカウンターで叩きつけたら、少しマンダリン語で何か言っていたあと、ようやく静かになりました。

さて恨み言は置いといて肝心のショー、いきなりトップレスに兵隊服の帽子をかぶり、フサフサのついたフンドシかエプロンをつけて5人並んで足踏みを始めたときは驚きましたが、サイト等で「完璧に同じ体型の女性が~」と紹介されていたわりには、乳の位置に合わせて横に光が入っていたのに、1人だけ背も乳位置も低くて光がズレている人がいて微笑ましいものを感じました。問題はそのフサフサの下、銃弾さえ弾き返そうな鉄製を感じる厚手の前貼りが付いていて、その後のショーも全てトップレス止まりでパンツを脱いでも前貼りあり。全裸好きとしてはこんなの許せるかー!を感じました。別に性器を見たいわけじゃないんだ、洋画に付けられるモザイクのように、露骨に隠されるのが許せないだけなんだ。
そんなわけで手前で勝手に全裸だと勘違いしただけなのに挫折感を味わいながら見続けていましたが、なかなか伝統的と言えば聞こえがいいけれど、ちよっと古臭い感じで、比較的新しめなオフィス物でも大恐慌ネタ、宇宙物も70年代SF風のセンスでした。
あとは感性の違いなのか、タイトル「ファイナルファンタジー」で胸出しタイツ姿の女性が上から赤いロープで吊るされて降りてきて、くるりと回ると尻ぺたが2つこんにちはな場面と、タイトル「アップサイドダウン」で下半分がミラーとなった舞台で、尻だけライジングしてぴょこぴょこ動く(クレヨンのシンさんのような)場面の2つでは吹き出しました。
途中の男性によるショーはパントマイムで、噂に聞くところの観客席に唾を飛ばす芸の手品師でなくてよかったねーと思いながら見ていましたが、これがなかなか面白く、前評判のとおり観客席ではここが一番盛り上がっていました。
そして後半は同じような踊りが続き、主人はうとうとと寝かけていました。
感想としては、もう1度行くかと言われると(高いし)行かないだろうと思いますが、一見の価値はあった程度には面白かったです。でも、全裸じゃないんですよ。(クドい)

ショー終了後、出口の手前にお土産屋さんがあり、さすがにここのグッズは他では売っていないだろうと、店のロゴ付きのキーホルダーやTシャツ、ポストカードあたりのどれかを記念に買おうかのーと眺めていましたが、今度は韓国語で話す婆さん2人がカウンターにしがみついて売り物を1つ1つ手に取って吟味し、おかげで他の客は私も含めて誰も買えずに通り過ぎることになりました。ちなみに婆さん2人はそこまで邪魔しながら何も買わずに出ていきました。

店から出ると既に22時過ぎ。さすがに暗くなってきていたので、治安も考慮して帰りも予定通りタクシーでホテルへ。
そして到着後は、また「お釣りはとっといて」の仏語で運ちゃんが振り向いて満面の笑み。
あれですね、仏でコミュニケーションを潤滑に進めるために必要なものはチップですね。

フランス語 (ひとり歩きの会話集)

フランス語 (ひとり歩きの会話集)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: ジェイティビィパブリッシング
  • 発売日: 2010/03/11
  • メディア: 単行本


前回のと今回のは似たような感じの本でしたので、どちらでも構わないかと思いましたが、こちらには仏和辞典が少し入っていました。
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鎖とバラ [日記:仏蘭西地獄ツアー]

5日目、待望のフリー1日目。
ホテルの部屋はツインルームで、1つのベッドがWどころかクイーンサイズはあったので、大の字になってゆっくりと就寝できました。
そしてアメリカンスタイルのヴュッフェと紹介されたけれど、あまり前日までとメニューと変わらない朝食を摂り、それからゆっくりと出かける準備。

そんな4つ星ホテルですが、旅行前、フランスの治安について検索していたら、個人サイトの体験談に、日中、不在時にホテルのロックされていた部屋に侵入され、鍵をかけていなかったスーツケースの方は中身を漁られ、鍵をかけていた方はスーツケースごと盗まれ、暗証番号を設定していたセーフティボックスの中身も盗られていたとの、ホテル関係者の関与を疑わずにはいられない事件に遭った方がおり、物騒だなーと思って読んでいたら、それがこのホテルだと知って苦笑いしました(ちなみに宿泊料金のみ戻ってきたとか)。なにせここは2泊するので唯一ホテルにスーツケースを置いて出かけるホテルなこともあって、ここではスーツケース2つをチェーンキーで繋ぐ防衛策を取ってからお出かけ。

前日の様子では他のツアー客のほとんどがフリー日にオプショナルツアーを組み込んでいるようでした。もしかしたら旅行会社はツアーの額を下げて、その代わりにオプションの料金で稼いでいるのかものー(前日、オプションの説明で関係ない我々も長々と待たされたしのー)。我々はオプションで行きたいところもあることにはあったけれど、自分のペースで歩いて好きなものを食べたいこともあり、フリー日はオプションを止めて自力移動としていました。そしてこのころにはツアー(の食事)に飽き飽きしていたのでそれが正解だったのでしょう。

ゆっくりと9時ころ出発し、まずは地下鉄とバスを乗り継いでフリー最初の目的地であるヴェルサイユ宮殿へ。
そしてここで小問題発生。私のアマゾンマスターカードが駅の券売機等で認識されず、出国前、JCBは使えるかどうか不安、VISAにはICが付いていなかったことから、このアマゾンマスター~を持ってきたのに、以後もアマゾン~はパリ市内では全くカードが認識されず、これはガイドブックに書いているところの「海外では日本製カードは磁気が弱くて読みとれないこともあります」なのか、それこそアマゾンのネット注文でしか使っていないカードなので、磁気関係が元々使えないカードだったのかは分かりませんが、実はツアー中にスキミングされていて限度額まで引き落とされたんじゃないかと少し不安でした。ちなみに帰国後に調べたら大丈夫でした。

それはそれとしてヴェルサイユは、それこそツアー客の中にオプションを申し込んで行く人たちもいましたが、各ガイドブックによると、じっくり見て回ると半日では済まないようなことも書かれていたため、我々は自力で行くことにしました。実際、10時ころから16時ころまで過ごしていたので、半日ツアー等を申し込まないで良かったです。
あらかじめミュージアムパスを買っていたので、並ばなくても安心・・・と思ったら、チケット売り場の方には全然行列がなく、個人用入場口に(土日のTDLの人気アトラクションなみの)大行列ができていまして、まあ、それでも並ぶしかないですな。そして右側の団体用入口はそれほどでもなく、なるほど、ツアーなら・・・と少しだけ後悔。
それでも行列の進みはよく、20~30分ぐらいでゲートに到着。ゲート付近でサモア系の親子が我々の前に割り込もうとして老婦人たちに罵倒されて、父親が馬鹿面を下げて言い訳しながら引き、続いて我々のところに割り込もうとして私に突き飛ばされ(この日も暑くて心に余裕がなかった)、そうまでされたのに結局我々のすぐ後ろの方に割り込んでいました。子供に恥ずかしくないのかのー。馬鹿だから恥ずかしくないんだろうのー。

宮殿内はみしっと猛込みで、人の波をかき分けるように歩く感じでした。花見会場の夜の屋台前通りのような混みよう。それでも売りの鏡の間とかは本当に綺麗で来て損した感は全くなし。入口で無料の各言語用音声ガイドを無料で貸してくれるので(ガイドブックには担保として「パスポートを預けなければならない」と書いていたけれどそんなこともなく)それを駆使して見学していましたが、この音声ガイド、部屋や美術品に提示されている番号を入力すると、その番号に合わせたガイドが流れる仕組みなものの、景観を損なわないためか番号が足元に提示されていることもあり、人混みで番号が見つからなくて、ようやく見つけて入力して再生が始まったら流れで部屋から出ることになることも。ちなみに入力番号99番は、修復中等で欠番の案内でした。
同じ流れで歩いているのかヒジャブを巻いた女性がフラッシュ禁止の宮殿内でバシャバシャ撮っている姿が気になりつつ、宮殿の見学を終えて庭園に抜けたら、人がかなりまばらになり、ほっとしながら庭園を散策。団体ツアーのコース外とかなのかしらー。
庭園は公式地図にルイ14世おすすめ散策コースも載っていたものの、この日も暑かったのでアポロンの噴水・大トリアノン・小トリアノン・マリーアントワネット離宮を巡る最短ルートで歩きました。この時点で少し勘違いを犯しているわけですが・・・

私のお目当てのアポロンの像を見ながら、「このアポロンはルイ14世自身を表していてー」と主人に一応説明してまた馬鹿の壁を感じつつ、そこから大トリアノンへ向かう途中のレストランで軽く昼食をとることに。
12時前なせいかまだ空いている店内で、美人のウエイトレス(そういえばどんなレストラン・カフェでもウエイター・ウエイトレスが美男美女ばかりで、仏の飲食業には顔試験もあるのか?と思っていました。私なんかバイトでも雇ってもらえないでしょう)に、主人はハムとチーズのクレープ(とはなっていたけれど、ガレットっぽかった)、私は定番のクロックムッシューを注文。
どちらも当たりで美味しく、付け合せの(仏では珍しい)生野菜サラダのトマトなんかかなりの美味しさで4分の1カットだけなのが惜しいほどでした。あまり前日までのツアー中では食事に恵まれなかったので感激。
そうこうしているうちに店が混んできて、ウエイトレスになかなか話しかけられず、結構時間がかかりそうなのでデザートは断念。皿を片付けにきてもらったときにお勘定をお願いし、しばーらくして請求書がきて、しばーらくして払うことができ、しばーらくしてお釣りが来たので、2ユーロコインをチップとして渡したら、ウエイトレスに初めての笑顔と可愛い声でお礼を言われました。とてもついさっき違う人が我々の給仕に来たとき、「私のテーブルだ!」と怒鳴りつけて追っ払った女性と同じ人だとは思えません。
それからは大トリアトンを見学し、続いて小トリアトン、この小トリアトンは大~に比べるとぐっと小さく、マリーアントワネットグッズ店がほとんどを占めていた気がします。そして前から書いている理由によりここでグッズを買わなかったことを未だに後悔しています。来年の手帳とか買いたかったのー。
そしてワゴン販売のようなところで、今回の最高額1本5ユーロ(675円)のペットボトルを2本購入。
ちなみにトイレは無料のトイレがありましたが、無料だとこうなるのかと思わせられるほど汚いトイレでした。更に女子トイレはドアが壊れていて、片方が使っている間に片方がドアを抑えているペアもいたとか。

問題はこの後、マリーアントワネットの離宮でして、まずは道に迷って違うところにたどり着き(アントワネットとフェルセンが逢引きしていた「愛の殿堂」だったのでベルばら的には嬉しい建物を見られましたが)、続いて地図で方角を確かめながら歩いて行っても見つからず、行き止まりとかもあってグルりと回っていたら小トリアトンまで戻ってしまい、そのころには暑くてくたくたでしたが、ここまで来たんだからどうしても見たいと何故か主人が頑張り、そういえば宮殿内でもルイ14世の寝室を絶対に見ると頑張っていたんだった。何故そこまで頑張るんだと思いながらも、滅多に来られる場所ではないのは事実なので「離宮」という名の建物を探す2回り目に突入。
“私が”地図を確かめながら歩き、やはり公式地図に「マリーアントワネットの離宮」と記されている部分にはワイン貯蔵庫と、一般の方の立ち入り禁止アパートメントのような建物のみ。その周りを回っても見つからないことから、1度ホテルへ戻ることを考えると当日夜の予約に間に合わなくなるような時間になったため、もう諦めろと主人を説き伏せて戻ることにしました。

逆算すると本当に時間があまりなく、帰りに寄ろうと思っていた宮殿前の土産物屋も素通りで、路上のツタンカーメンのパントマイムを横目で見ながらバスに乗り、後々、我々の間では犬のウンコマンと呼ばれる、強烈な悪臭を放つ男性乗客の犬の糞臭さに吐きそうになりながら(匂いに弱い主人はハンカチで口と鼻を覆い、その犬のウンコマンが降りたとき、ほっとハンカチを外したら、犬のウンコマンの陰になっていて見えなかった位置の女性も口元からスカーフを外していて、2人、目が合って苦笑い)、続いて時間のせいか座れないどころかポールも掴めないほど混み始めていた地下鉄を乗り継いでホテルに到着。
結局、この時点で時間には間に合わなそうでしたが、この日のためにスーツケースのかなりの容積を使用して運んでいたドレスコードに合わせた衣装に着替えて、再び出かけていく我々でした。

ちなみに帰国後に調べたら、「マリーアントワネットの離宮」とは、小トリアトンを差す場合と、小トリアトンとその奥のワイン貯蔵庫等々に至る庭園全体を表す言葉のようでした。
我々は目的地の中で目的地を探して長時間歩きまわっていたんですのー。下調べはしておくべきです。

旅の指さし会話帳 miniフランス[フランス語] (旅の指さし会話帳mini)

旅の指さし会話帳 miniフランス[フランス語] (旅の指さし会話帳mini)

  • 作者: 大峡 晶子
  • 出版社/メーカー: 情報センター出版局
  • 発売日: 2009/06/01
  • メディア: 単行本


辞典替わりに持って行った1冊。でも、仏和辞典が載っていなくて残念でした。
本の文章を指さして質問し、相手にも答えの文を指さしてもらって会話できるようになっていますが、まあ100%そんなことはしませんな。
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昼パンと夕パン [日記:仏蘭西地獄ツアー]

4日目、一晩寝ても疲れのとれないツアー客が続出する中、いつものように、いつものメニューのヴュッフェ式朝食を摂る。
途中、店の前を羊の群れがメエメエ走って行ったけれど、昨夜臭いに悩まされた身としてはもう素直に可愛いとは思えませぬ。

この日、前日に続くデモで封鎖された道路を回避して、初めに向かったのはオンフルール。
デモについて、こちらの添乗員は「フランスではよくあることです」としか言いませんでしたが、後からモンサンミッシェル行き別ツアーの添乗員に聞いた話によると、前日のデモのせいで6キロほど歩かされただけの我々はまだ良いほうで、中には運転手がすぐ「無理」と諦めて結局モンサンミッシェルには行けなかったり、車がホテルまで行けずスーツケースを押しながら舗装されていない道を2時間ぐらい歩かせられたり、封鎖道路の迂回がうまくいかずホテルに着いたのが23時過ぎだったりと、散々な目に遭ったツアーも多かったようです。それなら我々はまだ良い方・・・と思うけれど許しがたいなー。ノルマンディー産の畜肉はもう食わんぞ!(地元で見かけないけど)
さて、そんなこんなで立ち寄ったオンフルールは港町でしたが、なんとなくサンマロを見た後では、ここには寄らなくてもよかったような感じ。失礼な話ですが・・・
ここで初めてヌガー(ソフトキャンディー)売りを見かけましたが、店番のお婆さんが話しかけんなオーラを発していて眺めるだけで済ましました。

そのあとはルーアン大聖堂へ寄ってさらに移動を続け、昼食はデモのせいか移動距離が長いせいか時間が押しているとのことで、途中寄ったドライブインかどこで軽食を買い、それをバス内で食べてすませるよう指示されました。元々、予定表ではこの昼食から食事はすべてフリーとなっていたので構わないものの、貴重な自分で選べる食事だったので、どこかの店でゆっくり食べたかったのー。
ドライブインのサンドイッチ(すぐ食べられる軽食はそれぐらいだった)は、それなりに美味しかったものの、賞味期限が1か月以上あり怖いものが少し。

そして、「時間がないから寄れないかも」と添乗員に脅されながら着いた、ツアー最後の目的地ジヴェルニー。
モネの生家はともかく「睡蓮」の元になった人工池はやはり見たかったので寄れて良かったのですが、この日は前日にも増す灼熱の暑さで、しかもバスの降車場所から結構歩くことになり、全員暑い暑いと倒れそうになりながら移動。
ありがたいことに入場後即フリーとなったので、まずは痛いほどの直射日光を浴びながら人工池を一周し、それから空気が煮えたぎった生家内を散策。やはり暑いからかツアー客は皆、結構早めに集合場所へ戻って来ていました。

さて、日本でも観光地で問題にされる中国の方々の態度についてですが、以前は日本も筒井康孝の小説のネタにされるほど傍若無人に海外旅行をして世界遺産を破壊したりしていたわけで、中国もそのうち落ち着くだろうとは思いたいのですが、その落ち着くまでは中国系のツアー団体とは会いたくないわけで、ここジヴァンニーで恐れていたその事態に陥り、以前、スイスとかで居合わせた時もそうだったけれど、彼ら彼女らは記念写真を撮ると、まず撮り、そして撮り直し、撮ったそれを見ながら撮り直し、別ポーズで撮り、それも撮り直し、それからしばらくその場から動かずに撮った写真を見て騒ぎ、またポーズを変えて撮り、今度は撮る人と撮られる人が入れ替わって同じ流れを繰り返し、今回なんか続いて自撮り棒を取り出して、2人で撮り、撮り直し、撮ったそれを確認して別ポーズを・・・と、いつまで待っても終わりゃしねえ。こっちはポーズなんかどうでもいいので、その脇でそいつらが映らないように撮ってとっとと移動していましたが、そこは花がアーチ状に飾られていて絶好の撮影ポイントらしく、後ろに行列ができているのに、その後、我々が池を半周してもまだ撮り続けている姿には、その顔でどこまで自分が好きになれるんだ?と軽く狂気を感じました。
ところが態度が悪いのは中国系ばかりではなく、モネの生家内を見ているとき、大勢で突っ立って他人が後ろに来ても避けずに騒いでいるのは中国系でしたが、それは多分、そういう教育を受けているだけで悪気はないはず、それとは別種の、人にぶつかっても何も言わず無視して通り過ぎて行ったり、他の移動している人の前に走って割り込んで止めて連れを呼び出し、止めた人たちには何も言わずに歩いていったりもする、コミュニケーション障害っぽい悪意のある人たちのほとんどは残念ながら我々日本人どもでした。これだとそのうち評判が逆転するんじゃないかのー。・・・80年後ぐらいには。それまでに自国民の態度の悪い人たちを絶滅させておきたいところです。

そしてまた肌がジリジリするほど暑い中をバスまで戻り、これから2泊することになる4つ星ホテルのメルキュールパリラヴィレットにチェックイン。
それから希望者だけ外に出て、もよりの地下鉄で切符の買い方等を聞いた後、近くのスーパー内で解散。
ホテルの周りにレストラン等もありましたが、疲れている人が多いのかほとんどの人がそのスーパーで軽食を買って夕食を済ませたようでした。我々も同じくまたサンドイッチ1つを2人で分けて食べて、翌日からのフリー行動に備えてパタンキュー。

パリ発、フランス旅 vol.2 (地球の歩き方ムック 海外 13)

パリ発、フランス旅 vol.2 (地球の歩き方ムック 海外 13)

  • 作者: ダイヤモンド・ビッグ社
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2015/03/28
  • メディア: ムック


今回、買った中では1番読まなかった本。
でも、買い物目的で行く人には良いかも。
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羊と糞 [日記:仏蘭西地獄ツアー]

3日目後半はサンマロからモンサンミッシェルへ。
意外とバス内では皆が昼寝をしているようでしたが、私は起きてぼえーっと外を眺めていて、ひまわり畑やらトウモロコシ畑やら羊の群れやらを眺めていました。地元の畑とは規模が大幅に違い、見ているだけで楽しかったです。自走式の巨大農薬散布機が格好良かったのー。

途中、道路に重機が横付けしていて、車が通られないことから渋滞になっていまして、事故でも起きているのか作業着姿のオッサンたちが各車に戻るよう指示していて、バスもUターン。
そしてこれが日本でもニュースで紹介されていたらしい、ノルマンディー農家の食肉輸入に反対するデモ騒動の始まりで、ノルマンディー各地の道路を封鎖して抗議するデモ活動らしく、特にモンサンミッシェルへ向かう道路を狙い撃ち。その手前は酪農家も多いのでそのせいかもしれないけれど、そこへ向かう観光バス・乗用車等々、全ての車両が止められていました。
ただ、ツアーの運転手が頼りになる人で、電話でバス会社と連絡を取り、まだ封鎖されていない道路を運転手ネットワークで探ってくれて、遠回りに続く遠回りでかなり遅れたものの、なんとか当日の宿泊場所オーベルジュドラベに到着。ホテルというよりモーテルのような感じのところだったけれど、ここも部屋の鍵がなかなか抜けないところでした。ちなみに正解は力ずくで無理矢理引き抜く。

この時点でもうモンサンミッシェルの受付時間(?)は終わっていたらしいけれど、既にガイド料金は払い込んでいるからと待ってもらっているそうで、“無事に”モンサンミッシェル観光へと出発。
ところがモーテルからモンサンミッシェルの間の道路も閉鎖されているので、当然バスでは行くことができず、「連絡バス乗り場まで3キロ歩きます」。えー(体力不足)。
仕方なく直射日光がキツい中をテクテク歩いたものの、あまり他のツアー客の悪口は書きたくないけど、何故か列の前のほうを歩いている人たちに、写真を撮るたびに立ち止って撮る人がいて、その後ろは歩くのを止めたりなんだりさせられて歩きづらく、邪魔なんで追い越せば写真を撮った後で走って追い越し返して先のほうへ行き、また立ち止って写真を撮るクルッパーが多く、一応、そんな連れに「他の人の迷惑だから、一々、立ち止るな」と声をかけて止めさせる常識人もおりましたが、連れにも常識がなさそうな約3名ほどが(修道院に入っても)延々とそんな感じで、段々列が広がって長くなっていくし大層迷惑でございました。注意しようかと思ったけれど、新婚旅行の人たちもいるらしいので自粛。
そして迷惑といえばデモ隊、重機の前に更にタイヤを積み上げて、さすがに火は点けていないものの、嫌がらせのためか堆肥も撒いていて異常に臭く、匂いに弱い主人なんか吐きそうになりながら歩き、腹の立つことにデモ隊自身はそのパフュームに慣れているようで、堆肥の脇で普通にバーベキューをやって肉食っていました。元気です。

そしてようやく連絡バスの停留所にたどり着き、デモのおかげで逆に連絡バスが空いていて並ばず乗り込めたけれど、この連絡バス、モンサン~のかなり手前で止まるのですよ。それからまた視界が白くなるほどの炎天下の中、しばらく歩いてたどり着き、昔は死ぬ人も多かったらしい巡礼者からは鼻で笑われて殴られそうですが、体力のない私なんか息も絶え絶えで到着。
すぐさまガイドと合流して、今度は狭い石畳の階段を登りに登り、相変わらず立ち止って写真を撮る馬鹿のせいで(心に余裕がなくなっています)たたらを踏みながら登って、ようやく修道院へ着いた頃には疲れたせいか日に焼けたせいか身体も熱くなってきていたので(もしかしたら軽く熱中症だったのかものー)、もう無理、私はここで待ってるから1人で見てきてと主人に泣き言を口にしましたが、ここを目当てでツアーを選んだ主人は悲しそうな顔をするし、現地ガイドはもうチケットを買っているしで、また石畳の階段を登って死んだように歩き、部屋に入ってガイドの説明が始まれば、ろくに聞きもしないで出口付近に立つようにして歩数を節約して歩いていました。

そんな苦行も何とか終わり、あとはフリータイムとなって「みなさんバスで元の場所まで戻ってください」と言われたので、ゆっくりと、でも転がり落ちるようにバス乗り場へと戻っていきました。
帰りは自分のペースで降りられ、途中で飲み物(ここでは1本3ユーロ、約405円)も買えてなんとか落ち着き、土産物屋もプラプラと眺めながら下山(?)。途中、トロッコ式のお化け屋敷が大層気になりましたが、所要時間がわからないため断念。
仏は22時くらいまで明るく、まだ明るい中をまたバス停までとぼとぼ歩き、バスに乗って出発点に戻ろうとしましたが、少し時間が余り過ぎたので、ゴール1つ手前の停留所で降り、そこのお土産屋さんで涼むことに。

ここノルマンディーはカルヴァドス(リンゴの蒸留酒)も有名らしく、大瓶に混ざってエッフェル塔型の小瓶に入った可愛いものがあり、10ユーロ(1350円)とホテルのミニバーなみの値段のそれを旅行の記念に買おうとしたものの、これからまた熱せられた砂利道を3キロ以上歩かなければならないため液体物を買うことを躊躇し、添乗員の言っていた「パリのモンパリで売っている」との言葉を(迂闊にも)信じ、出国前から欲しがっていたモンサンミッシェル名物のクッキーも買わずに店を出ました。
(※モンサンミッシェルのお土産は、パリ市内ならモンパリではなく(日本にも支店がある)ラメールプラールでなら売っていた様子)

そしてまたバスに乗って1停留所移動し、また肥やしの臭いに包まれながら3キロほどテクテク歩いて戻り、ホテルの夕食はモンサンミッシェル名物のオムレツ。
そのときはそうとは知らずに食べたけれど、どうやらメレンゲ状にした卵を焼いてオムレツ風にしたものらしく、外側はカリッと中は泡状なのが売りのようでしたが、個々の焼きにむらがあり我々のオムレツは薄焼き卵に限りなく近く、我々の隣に出されたオムレツなんかほとんど泡でナイフとフォークでは食べるどろか掬うこともできないのが出されていました。肝心の味の方は・・・無かったというかバターも使っているはずなのに卵の味だけで、その卵自体もあまり味のない品種なのか、けっして美味しくはなかったですねー。
これは元祖のモンサンミッシェル内のレストランで食べずにバッタものを食べたから・・・と思ったけれど、帰国後、2年前にモンサン~へ行った職場の人に聞いたら、本店の味もそんなもので、それどころか付け合わせでボッタくり価格を取られたかなんとか。うーむ。
その後、謎のキッシュ風卵とか謎の伊達巻風焼きプリンとか卵関係が3皿続きましたが、すべて微妙な味。・・・というか、味を楽しむ前の段階で、このツアー中、最多の蠅の群れに襲われ、店内なのに1人あたり常に3匹ぐらいの蠅にたかられてる状態。それもそのはず、店の前を羊の群れが歩くのどかな場所で、常に羊の糞の臭いがすれば、誰かが店のドアを開け閉めすると、濃厚な羊の糞の臭いと蠅が増軍される恐ろしい店でございました。そしていつものように暑苦しく、そしていつものように謎会計。

夕食後に部屋へ戻ると、疲れ果てていて、何とかシャワーを浴びてから意識を失うようにばったりと就寝。やっぱり熱中症っぽかったんじゃないかのー。

パリ (タビトモ)

パリ (タビトモ)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: ジェイティビィパブリッシング
  • 発売日: 2015/01/10
  • メディア: 単行本


小型本なので持ち運びに便利と買いましたが、情報量的に若干帯に短し襷になんとやらでした。
これよりなら同社の「るるぶ」を持って行ったほうが良かったかも。
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鍵とティラミス [日記:仏蘭西地獄ツアー]

3日目の出発前、ホテルで謎の日本語説明付きコーヒーマシーン(「長いコーヒー」とか)を眺めながらヴュッフェ式の朝食を取った後、他の人より早めに部屋へ戻ると、元々渋かった鍵が抜けなくなっていて困りました。
刺さったところで止まって右にも左にも回らず、2人がかりでも抜くことができなかったから、仕方なく主人が添乗員を呼びに行き、私はそれからも自力でガチャガチャやっていたら、どうやらドアノブのユニット自体が外れかかっているとわかり、ドアノブを持ち上げてドアに押し込むように動かして、それでなんとか鍵が回って抜けました。
抜けたらちょうど主人が添乗員を連れて戻ってきたので、すみません開きましたーと伝えたら、こちらの状況説明前に「どの国でも壁側と反対側に回すと開錠されるけれど、それと逆向きに回すと何度も回したりしなければ開かなくなります」とのありがたい助言をいただき、めでたく我々の添乗員への信用度はゼロになりました。

その後、この日はバスで長距離移動し、まずはサンマロへ。
途中、トイレ休憩でドライブインに寄り、私の溜め込んだ小銭を使って主人が紙コップ式の自販でインスタントコーヒーを購入。仏ではコーヒー=エスプレッソ(いわゆるアメリカンコーヒーはロングコーヒー、それの和訳が長いコーヒー)と聞いてはいましたが、ぶっばばぶばっばと吹き出してきたコーヒーの量がエスプレッソにしても紙コップに2フィンガー程度で、機械が壊れているのか正しい量なのか悩むことに。

そしてドライブイン内にやたらと肥やし臭い大型車が止まっていて、早めに買い物を済ませてバスに戻っていた我々は、運転手がいなくてバスに入られず、臭いし暑いのー、早く戻ってこないかのーと話していましたが、今にして思えば、この日の事件はこのとき既に始まっていたのかもしれませぬ。

サンマロは渡航前にノーチェックの場所でしたが、ここがなかなか良い観光地で、城壁にぐるりと囲まれた港町になっており、商店街もにぎわっていたことから活気が感じられて、なんか海外旅行に来ているなーな気分にさせてくれる良いところでした。添乗員が言うには、最近の仏観光では滅多に寄らない土地らしいので、それが本当なら(疑い過ぎ)ここに来られたことはツアーに感謝したいところです。

ここで食べた昼食は、指定コースのムール貝・鱈・ティラミス。
ムール貝は、パリの有名料理店レオンのような、蒸した(?)ムール貝がバケツにたくさん入ったもので(なんとなくババガンプシュリンプのシュリンパーズネットキャッチを思い出す)、貝殻の1つをトングのように使って、他の貝から身を挟み取って食べる楽しい食べ方で、1つ1つが小さいこともあり、バケツ1つ分をぺろりと食べられました。隣の席のオッサンはその食べ方が無理だったようで、スビズバと貝から音を立てて吸い取っていて、周りの席に人がいなかったのは幸いです。ただ、ムール貝といえばパエリアに入っているものしか知らず、それに比べるとやけに小さくて身はアサリ程度の大きさ、でもレオンでも看板はパエリアサイズだけど実際にはハマグリ程度のも出てくるようなので大きさは問題なしなのかも。ですが、仏のムール貝料理はたいていフライドポテトが添えられているとガイドブックに載っているのに、ここでは無し・・・ならまだいいんだけど、我々ツアー客以外が食べているムール貝料理にはフライドポテトが付いていました。うーむ。
そして我々以外の客は皆、屋外のテラス席で食べていて、屋外と言っても屋根付きで涼しそうにしている彼らを眺めながら、窓はめ殺しで風1つない蒸し暑い店内で文句たらたらに食べている我々と、その声を完全に無視し続ける心臓の強い添乗員でした。
たらたらといえば次に出てきた鱈料理、当たり外れがあって切り身の中が小骨ばかりのものが、6分の1の確率で出されていて、もちろん私はその6分の1に当たりました。大変でした。仏では食べづらい料理は好まれないと書いていたガイドブックもあったんじゃがのー。
全員汗だくで早く外に出たいとこぼす中、最後に出されたデザートのティラミスは、生クリームの底にキャラメルソースが入ったカップで、絶対にティラミスではありませんが、もしかしたら語源的・仏語的に我々が聞き知っているティラミスは違う意味なのかもしれんと初めてネット端末を持っていないことを後悔しつつ食べてみました(帰国後、調べたらやはり絶対にティラミスではなかった気がします)。味は生クリームとキャラメルソースで(そのまま)、クリームが苦手な主人は早々に諦め、それも併せて全部かっ込んだ私は少しお腹を痛くしたのも今では良い思い出です。

食べ終わってようやく店外に出ると、相変わらずカンカン照りで気温は高いのに、涼しくて感じて気分が晴れ晴れするほど店内は蒸し暑かったです。ハエも多かったし。この流れはどうにかしてくれないもんですかのー。
その後、店の前に飾られた本物のロブスター・手長エビ・カキで作られたタワーを見て、これ・・・後で客に出さないよね?と不安になりながらも、1時間ぐらいフリータイムとなったので城壁に上がって写真を撮ったり、商店街の帽子屋とか普通の店を覗いたり、食品店で商品の上を飛び交うハエの群れを眺めたりして楽しく歩き回っていました。本当に観光らしい観光ができた良いところでした。

そして毎回必ず集合時間に遅れる人たちを待って、ようやく次の目的地であるモンサンミッシェルへと出発。

A06 地球の歩き方 フランス 2015~2016 (ガイドブック)

A06 地球の歩き方 フランス 2015~2016 (ガイドブック)

  • 作者: 地球の歩き方編集室 編
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2014/11/29
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


海外旅行の必需本「地球の歩き方」。
今回も便利でしたが、パリ市内以外はツアーの団体行動だったので、あまり使用頻度は高くなかったです。
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硬貨とハエ [日記:仏蘭西地獄ツアー]

ツアー2日目、前日の雨で濡れた服や靴がまだ乾いておらず、それどころか石壁に跳ねた雨水に付いていたのか小石やら何やらで結構汚れていて、朝からテンションが落ちそうでしたが、ホテルの庭を走っている野兎を眺めてなんとか気を取り直してからホテルの朝食へ。
2度目のフランス語を駆使しながら(挨拶程度)、ヴュッフェ式の朝食をとり、メニューは、バゲットとクロワッサンとシリアルにクレープ、ハムとチーズとサラミ、あとは各種バターやらジャムやら何やらで、定番の温泉卵や焼き海苔はありませんでしたが(うそ)、私はサラミが美味いのーと思いながら食べ、主人はハムを挟んでクレープを食べた後で、何かの果汁ゼリーを食べようと蓋を開けたら中身がソースのようなもので断念。数時間後、バスの中で、わかった!あのジャムのようなソースはクレープに付けるやつだ!と気づき、翌朝以降に挑戦しようとしていましたが、残念ながら朝のヴュッフェでクレープが出たのはこの日限りでした。サラミも。残念。他に何かが増えるわけではなく、それらが減っただけのメニューが続いたから、ここのホテルの朝食が種類豊富だったのかも。

この日はまずは前日のシャルトル大聖堂へ再移動し、日曜のミサ中の堂内を静かに散策。
ステンドグラスが綺麗でしたが、フラッシュを焚けないせいもあり、写真が上手く撮れなくて残念。
代わりに内部の彫刻はよく撮れて、正面玄関?から入って時計とは逆回りにグルリと回ると、内壁の彫刻がキリストの一生を順に表したものとなっていたため、聖書関係は疎い主人に、これは生誕場面でー、これは東方の三賢人(マギ)が~と説明していましたが、「馬鹿の壁」を感じました。
晩に着いた前日とは違い、お土産物屋も空いていたので寄ると、傘も売っていて腑に落ちない気持ちにもなる中、この後、仏観光で何度も苦しめられる3つの事柄の1つ、有料トイレを初めて使いました。ちなみに今回は50セント。
有料とはいっても、まあ50セントなら日本円で70円弱なので額的にはともかく、問題はなかなか見つからないことで、ガイドブックには「トイレは飲食店でコーヒーでも頼んで借りよう」となっていますが、ちょっとその流れに馴染めないものを感じ、でも、デパート等の中にも無料はおろか有料のトイレもなく・・・と、ツアー中も悩まされれば、後のフリータイムでもかなり悩まされました。おかげでツアー中は添乗員が指定するトイレタイムでは必ず行くようにしていまして、今思えばこれが持病の悪化を招き・・・
それはまだそれとしておいて、土産物屋では見ざる言わざる聞かざるガルグイユ(ガーゴイル)とかちょっと触手の動く品物もありましたが、ここでは何も買わずに移動。というのも、添乗員がバス内で何度も言及していたところでは、「このような観光地で買うと高いですが、同じものがパリのモノプリ(スーパー)で安く売っているのでそちらで買うといいです」と勧められたので、確かにユーロ高もあって値段が高いため様子見としていました。この後、仏で是非に買おうと思っていたモンサンミッシェルのクッキー等も、品名を指定されたうえで「モノプリで安く買えます」とモノプリ推しでしたので、ここやらモンサンミッシェルやらヴェルサイユ宮殿等では何も買わずに過ごし、最終日にパリのモノプリでまとめて買おうと考えていていました。そしてモノプリではフランスの名所土産なんて1つも売っていませんでした。今回のツアーの教訓は「添乗員を信用するな」です。
また仏へ来たとしても、モンサンミッシェルは、ちょっと市街地から遠くて気軽には行けないのにのー。残念無念です。地団太。

その後は城めぐりで、シャンポール城・シュノンソー城・アンポワーズ城の3城へ移動。

皆、前日の雨に懲りて、この後、どこへいっても折りたたみ傘を持って歩いているツアー客が多く、我々も小さいバックの容積を無駄にしながら持ち歩いていましたが、結局、2日目以降は最終日まで傘を差さなければならないような雨天はなし。まあそんなもんです。

逆に今度は晴天に苦しめられ、ちょうど今年7月の仏は異常気象で大熱波に襲われ、熱中症により数千人規模でバタバタと亡くなっていたそうですが、そこまではいかなくてもこの日も30度越えで猛烈に暑く、暴言ですが似たような城を見て回るだけならもういいよと思うぐらい暑く、熱中症対策として飲み物を売っているところを探しても見つからず、ようやく自動販売機を見つけたら、仏で苦しめられた3つの事柄の2つ目、飲み物は高いか、高くても小銭のみか、べらぼーに高いかでなかなか買うことができず、良心的な値段でも500ml入りペットボトルで2.5ユーロ。約330円。高い。そして我々はまだ初日の夕飯でしかお金(ユーロ紙幣)を使っていないため、2.5ユーロ分の小銭なんか持っていないため、高いけど買おうと思っても買えない悪循環で、他のツアー客も困っていました。これがフリーで出歩くころには逆に小銭が余りまくるのですが、今度はパリ市内の観光地は更に飲み物が高くなって1本5ユーロ(約675円)にも・・・

この日の昼食はシュノンソー城敷地内のレストランで、鶏肉のホワイトソースかけ。
鶏胸肉にホワイトソースをかけたとしか形容のできない普通の味でしたが、ハエが数匹飛び交う中、窓がはめ殺しなので暑さに悩まされながらの食事となりました。これが3つ目で、ツアー中の食事は外よりも暑い室内でハエにたかられての食事となり、外のテラス席では他の観光客が涼しい顔して食べているのが見えて体感暑さ倍増でございました。「日本人ツアー客は建物内での食事を好む」との謎ルールが敷かれているかららしいですが、もう少し臨機応変にしていただきたいです。
いずれ暑いので別料金の飲み物は冷たいものをとりたくて地元のビオ(オーガニック)コーラを頼んだら、ルートビアの味を若干湿布よりにしたような味でした。コカコーラをゼロ、ルートビアを50、湿布を100として、75程度(わかりづらいぞ)。あとは飲み物の温度も、仏国内では冷え冷えにする習慣がないのか、大熱波のせいなのか、自動販売機で買っても表面に水滴ができない程度のぬるさでした。氷をゼロ、沸騰したお湯を100として(以下略)
暑い室内でびっしりと並んで座っているので更に暑く感じ、やはりツアーはこの皆で食事を取るのが困りものでして、今回は平均年齢が若く(なんと我々が長老組に)あまり気さくに話しかけてくる人がいないのはありがたかったものの、それでも肘のぶつかる距離で食べているといろいろ気にはなるわけです。そして私は日ごろの行いが悪いのか、例えば2人掛けテーブル2つに5人で座らせられると、かなりの高確率でテープルの足に膝をぶつけながら座る位置になります。

その後、アンポワーズ城の川向かいにあるレオナルドダヴィンチの裸像を見に行くこととなり、みんな丘を駆け降りて見に行っていましたが、私はもう暑さでバテていて(雨に弱ければ直射日光にも弱い紙のような身体です)丘の上で待っていました。でも、なかなか戻ってこないので仕方なく丘を降りていき、仕方なくダヴィンチの(皆が触るのかテカテカに輝いた)一物を握りしめた姿を写真に撮らせましたが、せっかくテンションを上げたのに、帰国後、主人の撮った写真を見たらダヴィンチの一物どころか私の手もフレーム外で映っておらず・・・

そして最後の城を巡ってからの夕飯は、当日泊まるルレサントロワホテル近くのレストランで、別日本ツアー客の隣の並びのテーブルにして、厨房からの出入り口前に位置する最低の席で、メニューは指定料理の牛肉のワイン煮込み。
いつものように飲み物は別料金で、ここでもハエに悩まされながら食べましたが、この料理が・・・非常に美味しくなく、肉は各部位の肉を1つ1つ入れてくれているのはわかるものの、スジ肉(すね肉かも)なんかナイフで押したらスジがニョルっと飛び出してくるほどで、最近の箸で切れる肉を喜ぶ一部の風潮には豆腐でも食ってろと思うほど、噛み応えのある肉が好きな私でも食べづらく、盛り合わせの野菜も、これは習慣の違いなのか固い皮がついたまま賽の目に切られていて木の枝を噛んでいるような食感。これよりなら、以前、私の作った同料理のほうが美味しかったとお墨付きをもらいましたが、こんなもんと比べられてもなー。
そして相変わらずの暑さ。窓も何もない店の最奥部の厨房前ですよ、全員、暑い暑いとこぼして汗を拭きながら食べていて、主人なんか具合が悪くなってきていましたが、添乗員は涼しい顔をして苦情を聞こえないふりでスルー。まあ今更どうしようもできないってのはわかりますが、それならそれで食べ終わった人だけでも涼しい外に出させてほしかった。そして今後も添乗員によって続けられる謎の会計、「サービス料金は飲食代に含まれていますが、飲み物料金のお釣りは受け取らないでチップとして渡しましょう」。我々は無視してユーロどころかセントの硬貨まで財布に入れていました。少しでも硬貨が欲しいので。

そしてようやくホテルへ行き、この日はまだ余裕があったけれど、明日は少し歩き回ることになるので早めに就寝。今思えばこのころはまだ元気でした・・・

まっぷる フランス '16 (海外 | 観光 旅行 ガイドブック | マップルマガジン)

まっぷる フランス '16 (海外 | 観光 旅行 ガイドブック | マップルマガジン)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 昭文社
  • 発売日: 2015/03/11
  • メディア: ムック


「るるぶ」の次によく買うのが「まっぷる」。
大きいからと持っていかなかったことを後悔しました2。
どちらかは持っていくべきだったのー。
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パニーニとプロジェクションマッピング [日記:仏蘭西地獄ツアー]

諸般の事情により遠い昔の出来事のような気がしますが、2週間前の土曜から金曜まで、5泊7日のフランスツアーに参加してきました。
ツアー料金は2人でウン十万円ほどでしたが、主人の保険金の残りを使ったので問題なしです。

ツアー開始前日の金曜は、田舎の悲しさで翌朝の一便では乗り継ぎがギリギリ過ぎるため、仕事の後に最終便を使って羽田へ行き、近隣ホテルで一泊。

翌土曜は羽田でツアー受付後、各自で搭乗してくださいとなり、それから12時間のフライト。
ANA便でしたので、いつものように満席に近く、横になることはもちろん、足を延ばすこともできなかったから、日本の大手2大航空会社を選ぶのも良し悪しですのー。ツアーでなければユーロフランスあたりならよく空いているので楽だったかも(※最近は満席も多いとか)。ユーロフランスではないものの、以前は国際線の3人席に1人で寝っ転がって行ったこともあります。デメリットは日本語が通じないことぐらいでしょうか。日本語が通じないとなると、機内で使うのはミートオアフィッシュぐらいですが、空港の受付で少し戸惑うことがありました。特に復路の事前予約は電話で行うことになるので、身振り手振りが通じず厄介になるのが困りものです。いずれ今回はANA便でしたので安心の日本語吹替か字幕付き映画を5本(うち1本は何故か吹替えも字幕もなし)消化したあたりでシャルルドゴールに到着。
やる気のなくてありがたい税関を通過後(ツアーのためではなく、常にやる気のない税関だとか)、飛行中に時空の狭間を抜けてしまい、仏ではまだ土曜の16時だったので、さっそくバスに乗り込んでツアー開始。

あまり人気のないツアーだったのか飛行機とは違いバス内がガラ空きで嬉しい中(この後、同社の別ツアーバスを見かけたら大入り満員で狭苦しそうでした)、車窓からパリ市内を眺めたり添乗員の説明を聞いたりしているうちに数時間でツアー最初の目的地であるシャルトル大聖堂に到着。20時ころに着きましたが、なんでも22時から聖堂がライトアップされるとか何とかで、それを見せられ・・・見るために2時間ほど自由行動。その間に「各自勝手に夕飯を食べてね!」と、このツアーが初めての海外旅行だったら泣く人もいるんじゃないかのーな扱いでしたが、とりあえず我々はそんなにお腹も減っていないので、パン屋のカフェで軽くパニーニでもつまむことに。
ここで初めてのジェ(マイ)フランス語の披露となりましたが、こちらの「(メニューを指差しての)これを1つください」の仏語に対し、2人でパン1つなことを疑問に思ったのか(なんでも仏では気軽な店でも料理をシェアするのは駄目だとかなんとか書いているガイドブックも。マナー的なものかしらー)「フタリで、TOGETHER?」と、日本語と英語のチャンポンであるルー語で聞き返されてカオスでした。それでも素晴らしく親切なお店で、1つのパニーニを2つに切って1人ずつに給仕され、ただでさえ狭いテーブルが・・・じゃなくて、ゆっくりと食べることができました。
2人で仏のビールなんぞを飲みながら、ナイフとフォークでパニーニを食べ・・・ようとしているのに、このナイフが切れない。そうだった諸外国のナイフは押し切りで・・・それでも切れない。後から考えればパンなんだからフォークとナイフは飾りだとして手掴みで食べればよかったのですが、その切れないナイフでギリギリと切れ目を入れ、両手のナイフとフォークで切れ目を広げるようにして少しずつ裂いていたら、勢い余ってパニーニが皿から飛んでいってテーブルから落ちました。泣ける。
3秒ルールを適用しようにも屋外で食べていたので、普通にそこいら辺を犬も歩いていることから、泣く泣く店の人に悪いので紙ナプキンで包んでバックに入れて、その後、ホテルで捨てることに。

そんな仏での初めての食事を済ませ(?)、「いきなりどこかで食べて来いと言われても・・・」と困惑気味の他のツアー客に話しかけられたりもしながら、まだ1時間はあるからと大聖堂の周りを回って、デカいねー、スケール感が狂うねーとのほほんとした会話をしつつ、結構混むらしいので適当なところに座り、30分後に迫ったライトアップを待つことしばし。
すると夕立。泣ける。

1度は小降りで直ぐにやんだものの、2回目に降り出したときは本降りとなり、先ほどの飲食店等は営業時間外らしく全て閉店済み。そして石壁造りの町並みには庇があまりなく、各人雨宿りできそうな場所を探して右往左往。
一応、折り畳み傘は日本から持ってきていたのですが、何せバスから降りるときには晴れ渡っていたので誰も手にしておらず、なんとか渡り廊下のような屋根のあるところで雨宿りしていると、続いて風が出てきて他のツアー客たちと一緒に濡れ鼠に。
そのうちライトアップが始まったようで「始まりましたよー」と添乗員から暢気に声をかけられましたが、お前は傘を持っているからいいだろうよとしか思えず、私は雨にあたると具合が悪くなる役立たずな体質なので、ライトアップなんかどうでもいいから早くホテルへ行きたいのーと思いながら立ち尽くしていたところ、また「2回目が始まりますよー」と回ってきたので、2回目?と仕方なく他の雨宿り中のツアー客と一緒に歩いていくと、ライトアップの正体は大聖堂の正面を利用したプロジェクションマッピングでした。・・・あー、好きな人は好きかもしれないけれど、私はこのプロ~の魅力が全く分からず、ただのアニメじゃん、そんなの壁に映すぐらいなら映画上映でもした方がマシと思ってしまう性質なので、テンションがダダ下がり。いいからとっととホテルへ送ってくれと願いながら濡れ続けていました。

結局、プロ~の途中でバスに戻って当日の宿キリアドホテルへ行き、意外とシャワーが立派なホテルでありがたかったですが、服の着替えはともかく歩き用の靴の替えはなく(おめかし用の靴はあるけれど歩きづらい)、なんとか乾かそうとドライヤーも使ってかなり四苦八苦してから就寝。先が思いやられるツアー初日でございました。

るるぶフランス'15~'16 (るるぶ情報版海外)

るるぶフランス'15~'16 (るるぶ情報版海外)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: ジェイティビィパブリッシング
  • 発売日: 2015/01/21
  • メディア: ムック


国内旅行でも国外旅行でも必ず買っている「るるぶ」。
現地では写真の多いガイドブックも必要な気がして、大きいからと持っていかなかったことを後悔しました。
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